『 スポーツ救急の法的諸問題 』2014年10月14日 17:13

AEDの普及
第1 スポーツ事故と救急医療

1 事故は、そもそも社会の仕組みの中で安全な営みを阻害する予期せぬ突発的な出来事・事件であり、スポーツ事故とはスポーツ活動をなす課程において、人為的・偶発的という異常事態の結果、人や物に損害を発生させることである。
 スポーツ救急の現場は、アスリート・スポーツ指導者・監督・コーチ・スポーツドクター・看護師・トレーナー・スポーツ施設管理者やスポーツ競技大会主催者など様々な役割を持ったスポーツ関係者が関与する。
 それ故、スポーツ医学・スポーツ法学・スポーツ体育学が協力したネットワークの中で、それぞれの専門知識を活用し、予防医学・予防法学に基づく「スポーツ法危機管理学(リスク・マネジメント)」の視点から「インフォームド・コンセント」「医療過誤」「善管注意義務」「予見可能性」「回避可能性」などスポーツ救急の法的諸問題が検討される。
2 スポーツ救急医療はスポーツ関係者や医療従事者など救急医療に携わる者にとって、被救助者側及び医療従事者側いずれにおいても「救急医療」と「通常医療」とは医療環境が異なることが分かる。
 まず、スポーツ競技大会内の仮設救護所・野外の救急テントに運び込まれる被救助者は、突発的な事故・疾病により発症し、かつ擦り傷から重篤な頭の打撲等まで様々な軽重傷、呼吸困難・心臓停止など外科・内科疾患を問わず、直ちに119番通報から病院に搬送すべき救命の必要な者まで様々である。また、救急医療に携わる者も医師・看護師・トレーナーからアルバイト医師・臨時の看護師・補助手伝いまで様々な医療スタッフが関与する。
 スポーツ救急現場の医療従事者は、そもそも専門外の救急医療に、現場には病理診断に必要な検査機器もなく応急措置をなすもので、緊急の傷病者である患者の現・過去の病歴情報がないまま、十分な検査と的確な診断を下しての治療が出来ない条件下にある。
 しかし、救急医療であっても人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する医療専門家たる医師に要求される法的な注意義務は「通常医療」と同じで、良識ある一般平均的な医師に要請される最善の「善管注意義務」である。判例は、原則として診断・治療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を医師に課している(最高裁判決昭和57年3月30日判時1039号66頁)。
 但し、臨床医学の実践における医療水準といっても当該救急医療施設の規模や地域性を考慮すべきで、判例は医療機関の専門性・所在地域の医療環境の特性など諸般の事情を認定し、「すべての医療機関について診療契約に基づいて要求される医療水準を一律に解するのは相当ではない」(最高裁判決平成7年6月90日判時1537号3頁)とあくまで法的な判断を下すには一般論ではなく、救急医療の特殊性を踏まえ、具体的な善管注意義務を検討すべきとする。

<応急措置の参考判例>

① 水泳事故と心臓マッサージ・・・千葉地判昭49・11・28:判タ320-222
「応急措置としての心臓マッサージについての知識、方法を当然に心得ていなければならないもので、本件事故当時(昭和45年)においても、右知識方法は独り医師にのみ要求されるものではなく、体育教師にも要求されるものである。このことはA校医がかけつけるまでにXの救護に当った体育主任B、養護教諭Cらについてもいえることである。」

② 柔道事故と救急車の要請・・・福岡高裁昭55・9・8判決:判時997-125
 刑事事件:禁錮2月、執行猶予1年の業務上過失致死罪の処罰がなされた。

「被控訴人が柔道場東端付近で倒れているのを知らされるや、その容態を見て、脳内出血を疑い、直ちに頭部を冷やす等の応急措置をさせると共に、被控訴人を病院に収容するために救急車の出動を要請していることが明らかであり、従って、Bは本件事故後適切な救護措置を講じたものというべきである」

③ 熱中症・・・東京高裁昭51・3・25判決:判タ335-344
「Xが2回目に倒れたことを知った段階において、同人の身に不測の結果が生じることを極力阻止するため、速やかに医師の手当を受けさせるための適切な措置を講ずべき業務上の注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったものといわなければならないのである。そして、この段階においては、被告人の立場にあれば、Xを放置すると日射病その他なんらかの疾病によりその生命に危険が生じるおそれがあることに気付き、すぐ適切な措置をとるべきであったと期待することに、すこしも無理があるとは思われない。また、被告人がその注意義務を怠ったために、Xの残されていた生存の可能性が断ち切られたものであることも明らかである。」


第2 スポーツ事故時における応急措置について

1 スポーツ救急の法的根拠
 応急手当・救命手当は、公的資格や救急法講習修了証の有無等は関係なく、誰もが知っておかなければならない基本的な知識・技術である。
 しかし日本では一般市民への応急手当・救命手当の啓蒙普及・教育が遅れているため、いまだに「下手に手出しをするな」という風潮が強く存在する。
 しかし、応急手当・救命手当は医師法17条で規定される医療行為ではない、誰でもが合法的にできる行為である。
 つまり、傷病者を救助し、医師または救急隊員に引き継ぐまでの応急措置であって、スポーツ救急の現場では仮設救護テントに、突然傷害を負ったものが搬入されてくる。そこで医師の資格のない素人でも応急手当や救命手当をなすことになる。
 その際、応急措置を誤って施しても、故意や重大な過失のない限り、法的責任を問われることのない根拠が、緊急事務管理(民法第698条)である。
 事務管理(じむかんり)は他人のために一定の行為を行うという点において委任契約と類似しており、事務管理には委任の規定の準用があるが(民法第701条)、事務管理は委任とは異なり契約ではない点、委任では特約により報酬を請求することができるが、事務管理では報酬を請求することはできないとされている点などが異なる。
 もとより医師の資格を持ったものは、搬入された傷病者が患者となれば医師としての診療契約が成立することになり、契約関係か、緊急事務管理の事実行為か、区別すべきである。
 したがって、救急処置はあくまでも医師等への引継ぎを目的としているため、スポーツ関係者は救命手当・応急手当にとどめ、必ず医師の診察を受けさせるべきである。
 つまり、緊急やむ終えないスポーツ救急(応急手当・救命手当)がスポーツ関係者にとって免責される際のポイントとして、スポーツ救急手当後に、病院など医療機関に搬送することが法的には特に重要である。

2 スポーツ救急を施術する側の視点に立った質疑応答
 まずは、次の通りスポーツ救急の現場においての状況・立場から検討することが大切である。
① 施術者側・・・医師(帯同ドクター)・歯科医師・理学療法士・柔道整復師・トレーナー(帯同トレーナー)等
② 対象者側・・・健常者・患者(病人・けが人)、老人・子供・選手・観衆等
③ 措置行為・・・資格ある医師の治療・素人の応急措置(応急手当・救命手当)
④ 場所  ・・・医療機関内(病院・診療所)・救護所(屋内施設・野外の仮設テント)・グラウンド・道路等

(問-1)仮に応急手当・救命手当をなした者が何らかのミスを犯し、患者が死亡または著しい障害を負うという結末になった場合、応急措置者の法的責任はどうなるだろうか?
(答)
 民事的には、民法第698条(緊急事務管理)に関する規定があり、「管理者(義務なく他人のために事務の管理を始めた者)は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」もので損害賠償請求権が発生しない。
 刑事的には刑法第37条(緊急避難)に関する規定があり、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない」と緊急避難が成立して違法性が阻却される。
 つまり、仮に応急手当・救命手当を施して、蘇生後に何らかの身体障害が残ったとしても、悪意又は重大な過失など特別な事情がない限り、応急措置者の行為は民事上も刑事上も免責される。

(問-2)応急手当・救命手当をなした者が医師(救護所担当医・帯同ドクターなど)である場合、真に「義務のない事務管理者」と言えるのか?
(答)
 応急手当・救命手当は緊急事務管理である。資格を有する医師の場合も同様である。しかし、スポーツ競技大会の救護施設が保健所に届けのない診療所だとしても、救護担当の医師・歯科医師・看護師・トレーナーなどの医療関係者には、救護担当医の診療時に傷病者が診療報酬を支払う義務が生じる患者としての立場になれば、医師と患者との当事者間に診療契約が成立する。
 また帯同ドクター・帯同トレーナーは医療サポートの委任を受けたチームに対しては、そもそも法的に契約関係が成立している。
 身体・生命に関するスポーツ事故は、即時の救命など適切な医療が求められ、その際一般平均的な医師の能力に応じた医療水準に満たない医業は「注意義務違反」として、医療過誤があれば当然に債務不履行責任を問われる。
 つまり病院施設外での事故・疾病の発生時にたまたま居合わせた勤務外の医師が傷病者の手当をなす、あるいは新幹線・航空機内でドクターコールに応じた事例など、医師には医師法19条の応召義務が問題となるが、いまだ診療契約が締結されていないので、一般市民のなす応急手当・救命手当と同様に緊急事務管理である。しかし、急迫の危害が生じる可能性が現実にある状況下なので医師に要求される緊急事務管理行為における注意義務違反の程度は医師免許を有する専門家の地位からして一般市民より高度のものとなる。


第3 スポーツドクターの医療行為・診療契約の法律関係

1 医療行為と医療類似行為
(1) 医療行為とは、人の傷病の治療・診断又は予防のために、医学に基づいて行われる行為である。
 身体にメスを入れる、エックス線を照射したりするように、他者の身体を傷つけたり体内に接触したりするような医療侵襲行為は、これが正当な業務でなければ傷害罪や暴行罪に該当する違法性がある。したがって、たとえ医療のためであってもこのような行為を行うには、正当な医療行為とされる違法性阻却事由が必要である。医療従事者には、その行為が特別に許されるための要件として、資格(医師免許、歯科医師免許、看護師免許、助産師免許等)がある。医療行為には患者にとって不利益な事態をまねく恐れが大きいものなので、善管注意義務の前提としての相応の医学知識と医療倫理が要求される。

(2)あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師による施術は医業類似行為とされ、これも広義の医療行為である。もとより多くのスポーツトレーナーは、これらの有資格者として医療行為に従事している。
 医師のみが行える医業(歯科医師が行う歯科医業をここでは含む)とは、医行為を業として反復継続的に行うことであり、医行為のうちの一部は他の有資格者(看護師等)にも認められている。このほか、調剤を行う薬局も医療法で医療提供施設と定められており、薬剤師の調剤も医療行為に該当する。

2 スポーツ救急における医師と患者の法律関係
(1)診療契約は、普通には、準委任契約である。患者が診療行為をなすことを医師に委任し、医師が承諾することで契約が成立する。診療契約の内容は、医師が必ず真の病因を解明しなければならないとか、必ず病気を治癒させなければならないとかではない。医師の債務は、良識ある普通一般の医師としての医学知識と技術の程度において、なされる診療行為・治療行為である。
 診療契約は請負契約の場合もある。手術のように、一定の明確な事項を目的とするときは、手術行為という仕事の完成を目的とする請負契約といえる。但し、請負契約となる診療契約であっても、完成すべき仕事の内容は、治癒とか、全快とかの成功結果ではなく、その行為自体の完成である。
 救急車でスポーツ事故の傷病者が救急患者として救急病院に搬送されてきたとき、傷病者に意思能力があり、応急措置(応急手当・救命手当)のみに限定して欲しいとの特別の意思表示がない限り、原則として患者と病院との間には明示ないし黙示の診療契約が成立する。但し、意識不明の傷病者が搬送されてきたとき、通常は治療後に家族との間に診療契約が締結されるので、法律関係は遡って診療契約が成立する。

(2)診療契約違反
 診療契約は、診療の特殊性から、その内容を事前には詳細具体的には特定できない。しかも、その債務は、結果の成功を含むものではない。診療契約の債務不履行は、約束の時間に往診しない履行遅滞とか患者を殺害して履行不能にしたとか、特殊な場合は別として普通は不完全履行の場合である。客観的な善管注意義務が尽くされなければならない診療行為という債務において履行が不完全になされることである。債務不履行があって初めて責めに帰すべき事由のないことが問題となる。
 つまり、結果的にみて誤診、誤療が債務不履行ということではない。診療が行なわれた時点で、業務上必要な注意事項を遵守して診療行為をしたか、否か、が問題なのである。善管注意義務を尽くした診療行為は、かりに不成功に終わっても債務不履行ではない。
それはとりもなおさず適法な医療行為である。医師としての客観的な善管注意義務が尽くされなかったという意味で医療過誤があり、次にその過誤が不可抗力によるか、またはその当時その過誤を避けることが著しく困難であったという事情の抗弁事由が問題となる。
 例えば、手術をなすための検査のもつ法的意味は、まさに事前の善管注意義務の一事例である。
 また医師は患者に手術の危険性については、おこりうる可能な危険について説明すべきである。手術過誤の訴訟では、手技上の過失、例えば、副損傷、縫合不全、異物遺残などが多く、術前検査の過失、術後処置、事故発生後の応急処置の過失がこれに次いで争われている。

(3)患者の同意と医師の裁量権
 医療は、インフォームド・コンセントが中核となる法律関係であり、医師の裁量権は常に人間の生命・身体の不可侵権や患者の人格的自由権・自己決定権などと対峙するものなので当然その許否のためには患者の意思が重視されなければならない。
 裁判における過失判定の基準は、良識ある通常一般医師の能力、医学知識、技術である。その医師個人が一生懸命、最高の治療をなしたか否かではなく、標準的、一般平均的な医師の基準からみて、その基準に達した診療をしたかどうかということである。従って、現代医学の水準、医界の慣行、医学常識に合致しているはずである。専門性や、診療場所・地域によっても異なるし、設備の程度、緊急性によっても異なる、極めて具体的なものである。
 医学は、不断に進歩し、医術もそれに従って、不断に進歩し、現代医学の水準は、不断に更新されている。そして、医師は、業務の性質上、つねにその進歩に追随していかなければならない。それは、現代医学からみて、合理的であるかぎり、医療には、医師の専門家としての裁量権があり、処置方法の選択権がある。患者の刻々と変化する容態に対応して、臨機の処置が必要であり、患者の個体差は、診療の定型化、規格化になじまない。


第4 医療過誤訴訟

1 医療過誤の過誤とは、法律上は刑法211条「業務上必要な注意を怠り」の過失であり、民法709条の「過失」であり、民法415条の「責めに帰すべき事由」の過失である。過失は、法が要求する注意義務の違反であり、注意義務は、結果発生の予見義務と結果発生の回避義務とに区別して理解される。例えば、抗生物質の注射に際しては、ショックの副作用の発生の可能性を認識・予見したならば、その発生を回避するための問診、皮膚反応などのテストをなすべき義務がある。そのうえで、小量宛注入し、経過を確かめながら注射するとか、ときには、注射を避止することにもなろうが、最小限度の措置、問診がとくに重視されるのである。

2 医師が一生懸命に誠意を込めて治療し、患者もまた医師の指示に真面目に守り、療養に努めても、不幸にして病気がなおらないこともある。また、他の原因で結果の失敗が生ずることもある。
 いずれにしても、目的の不達成は、患者の期待に反することであり、その期待が大きければ大きいほど、不満は大である。こうした場合、とかく、患者は感情的であり、その非難は当然医師に向けられ、誤診、誤療が疑われることになる。そこで、医療事故は、医学的問題から紛争という形で法律問題となってくる。

3 医療上の因果関係は、現代医学をもってしても解明しえない分野が多い。専門家たる医師ならば、その高度の医学知識や技術・経験を持ってすれば、事故原因を予見し証明できるとするのは、医療の特殊性を無視する神業を求める議論といえよう。
 しかし、医療過誤訴訟は、この10年間で倍増した。損害の回復は、原状回復が最善である。しかし、人の生命・身体が損なわれたとき、次善の措置として、民法は金銭賠償を原則と定める。
 米国と異なり、いまだ日本は訴訟社会ではない。しかし、現状を認識するとき日本の医療環境も医事紛争や医療過誤訴訟の増加と共に、損害賠償を巡る紛争が避けられない時代になりつつある。もとより、医師も人間である以上、医療事故を完全に防止することは出来ない。「患者の立場に立ち、患者が安心して医療を受けられる環境を整える」基本理念を希求し、医療の安全対策に万全を期するとともに、インフォームド・コンセントを基盤に医師と患者の信頼関係を構築するリスク・マネジメントの推進が求められている。


<救急医療過誤に関する参考判例>

① 問診義務・・・東京地裁平成7・7・23判決:判時1472-84
「外傷患者の診断にあたる通常に医師としては、受傷機転を受傷者である患者などから詳しく聞き、身体のどの部分にどのような方向からどのような外力が加えられたかを十分に理解すべきである。」

② 介護義務・・・静岡地裁平成5・12・1判決:判時1510-144
「呼吸困難を訴える救急患者を診察する場合には、呼吸、脈拍、血圧、意識状態、チアノーゼの有無などのバイタルサインの把握を通じての患者の重傷度判断や緊急度のすべきであったのにA医師は、問診と聴診を行ったほか、患者の全身状態(バイタルサインを含め)のみならず、喉頭に聴診器をあてて呼吸音を聞くこともせず、喉頭の状態の確認もしなかった」

③ 説明義務・・・神戸地裁平成2・10・8判決:判時1394-128
「医師は、患者の自身及び看護者に対して、十分な経過観察を尽くし、かつ病態の変化に適切に対処できるように、患者の受傷状況及び現症状から、発症の危険が想定される疾病、その発症のメルクマールとなる症状ないし病態の変化、右症状ないし病態変化が生起した場合に、患者及び看護者が取るべき措置の内容、とりわけ一刻も早く十分な診療能力をもつ病院へ搬送すべきことを具体的に説明し、かつ了知させる義務を負う」