「日本スポーツ仲裁機構へ競技団体側の対抗措置」(2021-8-17掲載)2021年08月22日 13:23

誕生日おめでとうと二回言われた。
朝、出勤で鞄を持って駅に向かう時にお仕事ですね、と声が掛かる。
普段通りに速足で歩いていたが、一昔前なら御隠居が、健康で働いている姿と分かるのか、との気持ちだ。
友人弁護士から法律事務所を高齢で閉鎖したと葉書の挨拶が来た。給与取得者と違って、自営業の弁護士に定年は無い。自分の意思で仕事を続けるか、辞めるかだ。

久しぶりに新日本法規出版のネットでスポーツ法コラムを記載した。若手弁護士に「実践スポーツ法」の現状を任せるだけだけでなく「過去の経験」を事実として伝える必要性があると考えたからだ。

https://www.sn-hoki.co.jp/articles/article1630191/

新日本法規出版のコラムは法律専門家だけでなく、スポーツ法に興味ある市民も読む。
スポーツ界に上下・先輩後輩・封建的な慣行だけでなく近代法の「法治主義」を当たり前の常識にするため「日本スポーツ仲裁機構」が設立された。
スポーツ仲裁の拒否を、単に勝つための法的テクニックと考えるか?否か?スポーツ組織に影響力を与える法律家の役割は重大だ。

バドミントンの仲裁拒否案件を知ったとき、最初の記憶で思い出したのは、日本スポーツ仲裁機構が生まれたての初期に「アマチュアボクシング」で未成年がプロボクシングの広告塔になったとボクシング少年を排除した案件だ。少年の代理人となった弁護士がスポーツ仲裁を申立てた。しかし、日本ボクシング連盟の弁護士は、「スポーツ仲裁など価値が無い」と少年側からの仲裁合意を拒否した。

公益財団法人日本バドミントン協会は、いままで認めていた仲裁自動応諾条項を敢えて否定した。下記ニュースによるとガバナンスコードを無視しても法的義務も責任もない、罰則はない、損害賠償請求もない、とガバナンスコードを無意味にするテクニックを行使したのだ。勝つためには、過去を切り捨て「スポーツ法の仲裁制度設計を無視するべき」、としたバドミントン協会代理人弁護士の責任は大きい。
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仲裁応じる制度、バド協会が変更 「自動的」から「協会次第」に 仲裁機構「今の流れに逆行」
〈朝日新聞2021年7月2日朝刊〉

仲裁を申し立てても、必ずしも応じません――。日本バドミントン協会がこんなルール変更をしていたことがわかった。仲裁を受けるかどうかを協会が判断するようになり、スポーツに関するトラブルの解決を図る日本スポーツ仲裁機構は「極めて遺憾」と批判。

スポーツ活動における危機管理(まとめ)2021年03月27日 14:58

 「スポーツ活動における危機管理」というテーマについて、どこにポイントがあるのかということを、それぞれ4名の講師から語っていただきました。

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 まず、M講師からは、体育施設の現場の声ということでお話をいただきました。
施設管理における危機管理は、予防が中心である。その中の安全点検、講師は「保守点検」という言葉を使われましたけれども、「安全点検」が重要であるというお話がありました。
これは、法的にいいますと、よく裁判で問題になる、「通常有すべき安全性」という概念です。
裁判の判決を読んでいただきますと、通常有すべき安全性があったかどうか、いうことが必ず問われるわけです。
そのときに必ず、「設置の瑕疵」、つまり設置における欠陥、最初その施設を作ったときの欠陥、それから「保存の瑕疵」、その維持管理にあたっての欠陥、このふたつのポイントから調べられることになります。
そもそも、製造のルールに適合した施設というものを作られたのか、施設は十分ルールに合っている、しかし保存の仕方が悪く、錆の湧くような形まで放置していたのか、ということで、設置の瑕疵と保存の瑕疵というものが常に問題になります。
その際に、「安全配慮義務」ということが、常にスポーツ事故の場合については問題になります。

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日本の場合、スポーツ事故の場合には、故意というものはあまり考えられません。
意図的にビンボールで相手にぶつけるとか、サッカーで故意に相手の足を蹴るとか、そういうことでない限り故意というのはほとんど考えられません。
せいぜいプロ野球の乱闘事件みたいなものです。
いつでも刑事事件になってもおかしくないようなケースなんです。

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要するに、私共が体験するのは「過失」なんです。過失の場合については、常に「予見可能性」と「回避可能性」という二つの概念から押さえていくということが大切です。
いちばん分かりやすいのは、水泳の事故です。人が水の中に入れば溺死する、人は水の中では生きていけない、ということは誰でもわかる。
水泳を指導する者は間違いなくわかる。しかし人というのは、水に入ったからといって、すぐに死ぬわけではない。助け上げて、人工呼吸をし、救命活動を行えば必ず蘇生するわけですから、回避することは可能なんです。ですから水の中に入れても人は死なないと思ったということは、予見可能性に間違いがあった。
そして助ける気もなくて、放置しておいたらよかったというのは、回避可能性に間違いがあったということです。
そういう点から安全配慮義務というのは問われていくんです。
これが、スポーツにおける法律とルールとの関係なのです。

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「骨折まではスポーツ指導者は許されるが、車椅子になれば難しいですよ」ということを話されたと思います。
これはどういうことかと言いますと、実は、原状回復ができるか、どうかという問題なんです。
骨折であれば治療して治ることができる。原状回復が可能なんです。
しかし、目をやられる、あるいは歯をやられるということで、ケガが後遺症を残すということになりますと、原状回復できないわけですから、どうしても訴訟問題というものが発生する、ということをご理解いただければと思います。

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 次に、T講師から、運動教育学の立場から、いろいろお話をいただきました。
お話の なかで、相手の気持ちになってスポーツ指導をする、という言葉がありました。
なるほどいい言葉だなと思ったのですが、実はこれが法的な安全配慮義務の問題なのです。
つまり、相手の立場、つまり自分だけの主観ではなくて、客観的にどういうふうにすれば安全になるのか、ということを相手の立場に立って考えていく、つまり第三者の立場に立って考える、ということが重要だということなのです。
特に訴訟というのは、過去の事実を現在の裁判官が裁くという構造になっています。
裁判官は、その現場を知りません。何がどうあったかわかりません。まさに記録が残っていなければ判断できない。それが立証という法律行為なわけですが、そういう意味では第三者の目で見られるようにしていこうということです。

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それともうひとつ、ライフステージということで、少子高齢化社会を迎えるに当たって、リスクをどう考えていくかということのお話がございました。
つまり、幼児期については、高度の「安全保護義務」がある。
つまり子供を守るという意味では、任せっぱなしにできないで、手取り足取り十分行わなければいけない。
それから青少年になりますと、ある程度話せば、助言、アドバイスしたということで義務を果たし、大人の場合は自己責任です。
ケガをしようがなんだろうが、自己責任じゃないかということです。
では、老齢化により、視力、聴力が低下し、柔軟性も低下し、危険を関知する能力、予知する能力が衰えていくと、指導者とすれば安全配慮義務よりは、安全保護義務が必要かなというふうに変わってきます。
オレオレ詐欺とか振込詐欺とか最近起こっています。

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日本人というのは、意外に緊急事態で言われると、ひょっとして自分の息子が、娘がケガをして、お金を送らないと大変なことになるんじゃないかと考えがちです。
その電話の主に裁判官だとか、警察だとか弁護士がでてきて、任せなさいと言われる、これは200万くらい金を送らないといけないと、そういう気になるというのがひとつの差し迫った危機感です。
でも考えてみて下さい、電話ですよ。
電話だけでなぜそういう意識に変わってしまうのか、相手と会えば事実は確認できる。
会えない、オレだ、オレだ。あっ、何々ちゃんと思った瞬間から、リスク・危機を利用してマインドコントロールされていくわけですから、それが現実で、それがお年寄りの場合は高い。そういう意味でリスク管理というのは、本当に重要な時代になってきたなと思います。

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次に、F講師から、ドクターの立場で本当に詳細なお話をいただきました。
特に脳の問題、心臓の疾患については、重要な問題で、死に直結するような問題となる。
その中で福林講師がおっしゃるのは、定期的な健康診断、メディカルチェックがいかに重要かと言うことでした。
また、突然死、ランニング中に多いとおっしゃいましたけど、突然死の問題をどう扱っていくか、いかにしてそれに早く気付いていくかということです。
突然死についての争点は、通常、裁判では、「不可抗力の抗弁」という言葉を使います。
どうしようもできない状況の中で、突然死が生まれるわけなんです。
素人でも専門家のお医者さんでもわからない、そのくらい人間の身体っていうのは精妙であって、遺伝子とかゲノムだとかいろんな分析がされていても、まだまだわからない世界があるわけです。
それが突然死として表れているわけですから、法的責任のない不可抗力の抗弁が使えるかどうかということです。

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他方、熱中症のように、無知・無理からくる熱中症という言葉のとおり、水を飲ませなければいけないということをわかっていながら飲ませずに、シゴイて無理をさせる。
これはやはり法的責任が問われることになります。
まさに、スポーツ指導者の責任であると思います。
また、応急処置に関して、よくスポーツ指導者や施設管理者の方から、「いちばん責任を問われない方法とは」、どうしたらいいのか、よく質問されて、答えるんですけども、「できるだけ医師、病院に近づけなさい」と話します。
まず、現場で事故が起きたときに、医者はほとんどいませんからね。そのときに自分が応急処置をして、119番をして、救急車が来るまでやって、そして病院に近づける。
医者に行けばいくほど、大病院に行けばいくほど、法的責任は医者や病院の方にいくことになっているんです。
それが、法的リスクの「軽減措置」の問題で、日本の法律では、医師法に基づき医療行為を行うのは医師しかできないということが現状なんです。

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しかし、「除細動器」を使えるようになってきたというのは、それだけでは足りない時代になってきた、みんなが自分の身体のこととか、助け合いをしていかなくてはいけない。
そういう意味で除細動器は、医療行為だけどもそれはやるべきだという時代に変わってきている。
正しい救急法をいかに習っていくかということの重要性について、話されました。
特に、非常時の連絡網、自分の頭が真っ白になる、と講師の体験談からおっしゃいました。
まさにその通りだと思います。
よく組織を作るときに、コーチが誰、監督が誰、それから個々の団員・・よくこう分けるんですが、大事なことは危機管理、事故が起きたときに誰が警察に電話するのか、誰が119番するのか、誰が病院に搬送するのか、組織的な危機管理体制ができていないんですね。
それから、今日はT講師からも、A講師からも、危機管理の問題提起がありましたが、そういうようなシステムづくりが重要だと思います。

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 最後に、A講師から、詳細なデータに基づいて報告をいただきました。一千万人が傷害保険に入っている、その中で100人に1人がケガをするし、特に10歳から19歳の人が多い。
またアメリカンフットボールについても多いというような話しがありました。
大事なことは、人の命は地球より重いという大原則です。
保険の概念というのは常に「一人は万人のために、万人は一人のために」というぐらいですから、小さな金額をたくさん集めることによって大きな補償をしている。
大きな補償というのは、ひとりの人達の集まりがあって、例えば今回のスマトラの大災害、地震による津波と同じようなものですけども、やはりひとつの危機が発生したときに、みんなが助け合っていく、これが保険の制度だとご理解いただければよいと思います。
原状回復ができない、命が失われたときに、最終的に解決するのは、日本の法律制度では金銭賠償ですので、そういう意味では、保険の果たす役割というのは非常に大きいということが言えると思います。

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スポーツ体罰2014年10月20日 17:00

2014.01.26 人権シンポジウム in 長崎

【スポーツ法危機管理学】2007年02月05日 22:32

著者 菅原哲朗  発行者 エイデル研究所  2005/1/20発行

「皆さんはトラブルのない世の中ならば、もっと良いと思ったことはありませんか? 職場や学校が楽しく、安心できる親しい仲間や家族に囲まれ、自由な時間をもって毎日が過ごせれば安楽な人生です。 でも現実の人生は山あり、谷ありで、不愉快な言葉、嫌な出来事に直面します。このとき「発想をプラスに切り替えましょう」と言うのがこの本のテーマです。・・・ この本はスポーツ活動の場におけるリスクマネジメントをまとめました。でも、人生全般に通じるコツだと理解頂ければ幸いです。